日本の家を輸出する

design0033_06.jpg日本の家を輸出する。こう言うと、狭くて画一的な住居が世界の人々の興味を引くのだろうかと怪訝に思われるかもしれない。
しかし、玄関で靴を脱ぐ暮らし方は、身体と環境が直に触れあい対話する未来型住環境として大きな可能性を持っている。また、住空間を自分の暮らしに合わせて自在に作り直そうという今日の気運は、日本の伝統とハイテクを掛け合わせた新たな住環境の出現を予感させるのである。

風呂や水回りの充実したスパのような家。寝室に高度な映像環境を装備した家。シンクと冷蔵庫をソファの脇に簡潔にまとめた家。巨大なキッチンを暮らしのへそに据えて食を謳歌する家。グランドピアノを真ん中にそれを弾き暮らす家などなど、「こうありたい」という暮らしの希求に寄り添う家を想像してほしい。

かつて右肩上がりの経済状況下では「住宅」は「不動産」であり、住宅産業は金融業の一環であった。20年後には倍になる財産であることを前提に、限られた土地からいかに効率よく「2LDK」を切り出すかにデベロッパーは腐心し、家を買う側も「住まい」より「不動産」を見ていた。だから豊富な日本の建築やデザインの才能は住宅に触れる機会がなかった。創造性は足手まといだったからである。「デザイン」という言葉は本来の意味から逸脱して用いられ、奇抜なスタイリングを呈したものが「デザイナーズマンション」と呼ばれ、日本人はおしなべて平均的な住居に住んでいたのである。

しかし今日、新たな状況が生まれている。ひとつには「リノベーション」つまり中古物件を徹底改修して自分に合った住居を作る方法が一般化し始めたことだ。住宅を長く用いる骨格(スケルトン)と、変更可能な内装(インフィル)に分けて考える風潮が広まり、良質なスケルトンを手に入れ、インフィルを自分の暮らしに即して作り直す人々が増えてきた。手間さえ惜しまなければ、新築物件を遥かに超える充実した住居になる。

経済が「水平飛行」の時代を迎え、人口減少が始まったことで、人々はようやく「不動産」ではなく「住まい」を見始めたのだ。中古が新築よりずっと安い日本の現状はリノベーションに都合がいい。

一方では家族のかたちも新局面を迎えている。50年前は4・1人であった平均世帯人数は、今では2・5人。世帯構成のトップは「1人暮らし」で2位は「2人暮らし」。上位ふたつを合わせると全世帯の6割になる。おじいちゃんやおばあちゃんがいて茶の間があった家族の光景は既に稀少で、子供の巣立った夫婦や独身者たちの暮らしが世帯のリアリティを作っている。つまり「家」におさまる営みのかたちが変わってきているのだ。

家電産業も、テクノロジーを融合させていく総合家電として「家」を見始めた。照明器具は「天井化」し、テレビや情報機器は「壁化」していく。

玄関で靴を脱ぐ習慣はここでは大きな利点となる。脈拍・血圧・体温・体重など身体は情報の塊である。ベッドやカーペットが足の裏や身体を通してこれを感知し、自動的に病院に送信し、管理する仕組みなど決して荒唐無稽な話ではない。そこにはインテリジェント化した「床」が身体と対話する「進化した家」のかたちが見えてくる。

風呂やトイレなど生活機器については繊細・丁寧・緻密・簡潔を旨とする日本の美意識がこれをさらに進化させるだろう。シャワー付便座もクリーム状の泡風呂も、清潔・爽快な住環境の高度化を加速しそうである。
エネルギーとの関連においてはスマートハウス、エコハウスの研究が進んでいる。移動手段との結びつきも、電気自動車はもとより四輪車以外の移動体と住居との関係も積極的に模索されはじめた。まさに成長変化する都市インフラに呼応する「家」の内実が求められてくるのである。

人口動態も高齢化に拍車がかかるが、貯金を持っているのは若者ではなく高齢者である。ならば人生経験豊富で目も肥えた大人たちに「人生仕上げの家」をリノベーションしてもらうのはどうだろうか。世界一の貯蓄をどう引き出し、循環させるかが日本の内需活性化の要点である。既に建った建築のスケルトンはそのままに、たこ焼きをひっくり返すように個々のインフィルを更新していけば膨大な内需が発生するはずだ。

能動性を持った大人たちのマーケット。それはクルマでも旅でもなく「家」なのである。

お隣の中国は都市化が加速し旺盛な住宅建設に沸き返っている。しかし出来上がる集合住宅はまだまだ粗い。ここに未来型日本の「家」を持ち込めばどうなるか。

さらに中国の人口を超えようとしているインドでも、同様に住宅の問題を抱えており、しかもインドの人々は靴脱ぎの習慣を持っている。これは実に注目すべき点である。

ものづくりは今日、アジア全域に広がり、単体の家電を独占的に輸出する時代は終焉を迎えつつある。

日本の資源は石油や鉱物ではなく「美意識」である。千数百年の伝統を持つ生活文化大国としていかなる産業ヴィジョンを見いだし、世界にどんな価値を提供できるかが今、まさに問われている。

様々な断片をつなぎ合わせて、未来を可視化していくことがデザイナーの役割だが、考えるほどに「家」が面白い。しばらくはここに旺盛な興味を注ぎ込んでみたい。