それを作れば、彼が来る

vol5_making.jpgお台場の青海の15000㎡の敷地で、展覧会の設営が始まった。アスファルトが敷かれた野球場ほどの広さの敷地にクレーンが2台。まずは鉄板を敷きつめて、テントや建築の土台を作る。鉄板は現場で溶接して組み合わせるので、溶接作業の火花がいたるところでまたたいている。屋根のない場所で、これほど大きな展覧会を計画するのは初めてである。これまでは「JAPAN CAR」のような大型の展覧会でも、博物館のような広い展示場を用いていたので、会場そのものを自前でつくるという体験は新鮮である。会場を探して、お台場のこの場所を一目見た時に「ああ、ここだな」と思ったが、こうして建設機械が動き出すと身が引き締まる。
トウモロコシ畑を歩いていて、ふと「それを作れば、彼が来る」という謎の声を聞き、その声に触発され憑かれたように「野球場」をつくってしまうのは、映画「FIELD OF DREAMS」であるが、「HOUSE VISION」も似たようなものかもしれない。グラフィックデザイナーが「家」の展覧会を、こんな場所に構想しようとする訳であるから、冷静に考えれば途方もない話だ。しかし「彼ら」は来たのである。LIXILも、Hondaも、TOTOとYKK APも、無印良品も、住友林業も、蔦屋書店も、未来生活研究会を形成する企業グループも。伊東豊雄も、杉本博司も、隈研吾も、藤本壮介も、坂茂も、成瀬友梨・猪熊純も、東京R不動産も、山本理顕・末光弘和・仲俊治も。経産省や環境省、国土交通省にも協賛をもらった。数え上げればきりがないが、実に多くの企業や人そして組織が、この構想に向かって来てくれたのである。仮想を仮想のまま終わらせるのではなく、それを具体化する。そこから何が始まるかはまだ分からないが、「HOUSE VISION」に多くの協力者を集めた何か、そして今も「それを作れば、彼が来る」とささやき続ける何かは確かにあるのだ。
「彼」とは、参加してくれた企業や建築家だけではない。まさにこれから、この場に展覧会を見にやって来る人たちこそ「彼」かもしれない。この地は多くの人で賑わうのだろうか。おそらくは賑わってくれるはずだ。しかし展覧会の成果は入場者数だけではない。特に、世の中に波紋を投げかけて反動や共振を生み出し、社会の中に新しい動的変化を生み出したいと考えてつくる展覧会の成果は、出来映えやメッセージへの評価ですらない。あの日、あの時を境に日本の潮目が変わったかもしれないと、50年ほど経った後に誰かが気づいてくれるような、そんな変化こそ、この展覧会の成果であり「彼」の正体なのである。
高齢化に傾斜し、工業生産の得意分野をアジア諸国に少しずつ浸食され、人口も減り始めた日本であるが、単調な高度成長を越えて、むしろ複雑な課題に向き合う時にこそ、新たな成長の地平が見えてくる。ものの生産に加えて、価値を作り出していかなければならない時代に「家」は重要なフィールドになる。
「それを作れば、彼が来る」。本当にそう信じて、工事の始まりに際して思いを新たにしたい。